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正視恐怖症、自己視線恐怖の克服にはどらくらいの期間で完治、改善するのか

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私はシステムエンジニアの仕事がうまく行っていない時に、精神を病んでしまい、視線恐怖症になった事があります。


その時は、軽いうつ病みたいな状態になって、精神科で薬を処方してもらいっていました。


薬を飲まないと不安な日々。薬が切れると、視線がきになって仕事ができない。そんな地獄の日々を繰り返していました。


視線恐怖症になってみないと分かりませんが、本当につらい病気だと思います。


もう、人生終わったと感じるくらい、生きる事が辛くなります。視線が怖いって状態は、生きている様々な場面で恐怖を感じるようになります。


私の場合、システムエンジニアの仕事をしていたので、対面の人の視線が怖くて、仕事に集中できませんでした。


その時は、どれだけ目の前にパーティションがあったらと考えていました。しかし、実際はパーティションがない為、対面の人の視線が気になり、仕事に全く集中できず、仕事でもミスを連発するようになりました。


そうなると、負の連鎖の始まりです。


人生はこれほど辛いものかと感じるようになりましたし、あのころは本当に地獄でした。


では、視線恐怖症になるとどれくらいで完治するのか?


当時は、永遠に完治しないのではないかと思いましたが、今はほぼ、完治しています。


実際に病気を発症したのは、2008年ごろです。そして、完治したと感じたのは、2012年。つまり、4年もの間、私は他人の視線に恐怖を感じながら仕事をしていました。


そして、視線恐怖症が原因で、500円玉くらいの円形脱毛症もできました。


今振り返ると、あのころは、本当につらかったです。下手したら自殺とかしていたかもしれません。


それが、今は人生に目標を持ち、楽しく生きています。これもすべて、人生に対する考え方が変わったからだと思います。


その人生に対する考え方が変わった点とは、楽観的になった事です。以前は、仕事のミスがあると、自分を責めていました。その為、仕事のストレスがドンドンたまり、さらに、ミスをするとほんきで凹んでしました。


今は、本気で仕事をしていたら、ミスをするのが人間だと思っています。人間は100%なんてありえないと思っています。あのNASAですら、100%ではなく、99.99999・・・%を目指すという内容を見たことがあります。


部下に100%を求める上司は、部下にストレスを与えているのです。


私は人生を楽観的にとらえる事ができるようになってから、ストレスが一気になくなりました。


人生は辛いだけだとしたら、生きている価値はありません。辛い事だけでなく、楽しい事もあるから、人生は素晴らしいものになります。


今は、ブログで食べていくという目標ができました。


人はすがるものができると、強くなります。もし、今ブログで収入が生活できるくらいあったら、今の仕事はすぐにでも辞めて、地方でゆったり過ごすでしょう。


そんな夢があるから、今をなんとかやっていけるのです。


私が視線恐怖症が抜け出せた理由は、まず、人生を楽観的にとらえる事が出来た事。そして何より、目標ができたことです。


この二つがあって、人生を変える事できました。


ちなみに、今、視線恐怖症に悩んでいる人がいたら、乗り越えようと思って頑張らない事です。


私も頑張って乗り越えようと思いましたが、無理でした。


まず、辛い状況から逃げるのも一つです。私は、視線恐怖症を作り出した環境から、まず逃げました。そして、辛い職場からも逃げました。


結果、楽しい職場を見つける事ができ、結果、物事を楽観的にとらえる事ができるようになったのです。


重要なのは、自分にあった職場を探すことです。辛い職場にいたら、ストレスを感じて、病気を治すなんて到底できません。


最後に、視線恐怖症は本当に辛い病気です。自分はまじめな人間だと思う方は、仕事のストレスなどによって、うつ病視線恐怖症になる可能性を秘めています。


仕事は確かに大事ですが、自分自身を攻撃しないように、どこかで楽観的に物事をとらえられる自分を持つ必要があると思います。視線恐怖症は一度発症してしまうと、完治にかなりの時間と忍耐を必要とします。


その為、そうならないように普段から、真面目に仕事をし過ぎている人は、注意が必要です。

 

人の目が怖い、人の目が気になる!: 正視恐怖症、自己視線恐怖症克服のための本

呪縛から開放された筆者から
この本は正視恐怖症、自己視線恐怖症、他者視線恐怖症で苦しむ方向けに書かれています。
僕(筆者)は中学生の時から、視線恐怖症を発症し、随分長い間苦しめられてきました。
青春を台無しにし、やりたかったことが恐怖症のせいでできず、いつも悔しい思いばかりをしてきました。
苦しんでも何にも見返りがありません。
普通の人が当たり前に何も意識せずに人の目を見て話していることですら、僕にはできませんでした。
普通を装おうとしてもどうしてもできない自分がいました。
視線のことばかり考え、人からどう思われるかばかり気に病み、自分が人に迷惑をかけていると思い込み、ずっと忍耐の生活をしてきましたが、それでも少しも突破口が開けない…こんなことの繰り返しでした。
死んだほうがマシなのが視線恐怖症です。
それでも死ぬ勇気も持てず、苦しみ続けなければならないのも視線恐怖症です。
この一生続いていくかのような視線恐怖症(正視恐怖症、脇見恐怖症)の地獄から抜け出せますことを願っています。